2011/11/01

12(第一部)

 前回は1980年前後のEPICソニーと私の所属していた洋楽部門の話を書きましたが、このレコード会社は実は国内制作部門の活躍によって世間一般に知られるようになりました。後になって音楽業界での評価やレーベルとしての存在感も、洋楽よりもむしろ国内制作の活動が注目されて高まっていったと言うことができます。そこで今回は1980年前後の国内の音楽事情からお話しして、なぜEPICソニーが評価されたかを解説していこうと思います。

 EPICソニー設立の1978年はキャンディーズ解散の年でもありました。前回も触れたように音楽業界は社会の変化の中で大きな変革を必要とする時期に差しかかっていて、従来型の芸能界と新しい音楽勢力とのバランスが逆転して業界全体が新しい流れを模索し始めていた時代でした。当時のテレビ・ラジオには「歌謡〇〇〇」という番組タイトルが数多く存在しましたが、「歌謡曲」という表現は「流行歌」と いう言葉と同じく今や死語になっています。また、アーティストという表現は当時は洋楽部門の専用語でしたが、現在ではタレントとアーティストが使い分けられるようになって「歌手」という言い方は減ってきました。

 当時の音楽系テレビ番組の2大ヒット番組といえば「ザ・ベストテン」(TBS系)と「夜のヒットスタジオ」(フジテレビ系)でしたが、この2つの番組が姿を消した背景には、テレビに出ないヒット・アーティストがたくさん登場し始めたことが挙げられます。現代でもZARDのようにレコードのヒットチャートの常連でありながらテレビには一切出演しないアーティストがいますが、当時はアーティストのポリシーというよりも芸能界と一線を画した勢力がマスメディア全体を目の敵にしていたという感じがありました。『明星』『平凡』という2大芸能月刊雑誌が廃刊になり、「アイドル性より音楽性」という考え方が全面に押し出されてきたことで「メディアよりライブ」という流れが始まっていました。いわゆるジャパン・ロックの台頭、バンド・ブームの始まりです。EPICソニーの国内制作は、こうした流れを先取りし完全にバンド指向のアーティスト育成をコンセプトにした最初のレーベルです。「シングルよりアルバム」=「曲 よりサウンド」……いずれもそれまでの洋楽のマーケティングに習った考え方で、ライブをベースとしてアーティストの音楽的なイメージ性を固めていく手法で新人を開拓、育成を進めていきました。

 これは私の持論ですがヒットソングとアルパムの関係は必ずしも一面的ではありません。シングルヒットによって有名になりその曲をフィーチャーしたアルバムを売る、という方法はポップスの常套手段で、あのビートルズも中期のアルバムまでは同様のやり方を踏襲していました。初めからアルバム指向のレコード作りを意識的に行う方法はジャズにおいては一般的で、その方法をポップスのアーティストが取り入れたのはフランク・シナトラが最初だと言われています。ロックのアーティストでアルバム指向でのレコード制作を意識的にやったのはザ・フーとテン・イヤーズ・アフターだと思われます。ビートルズも彼らと同じように60年代後期からはコンセプト・アルバムを制作するようになり、ローリング・ストーンズも70年代に入ってから本格的にアルバム・オリエンテッドな作品を発表するようになったわけで、その頃には既にイギリスを中心として多くのロックバンドが同様の手法で作品を制作しました。ポップスとロック、この一見対立する音楽ジャンルにアメリカではブラック・ミュージックのジャズとR&B、ダンス・ミュージックが加わって70年代のヒットチャートはどんどん多様化していきます。ヒットソングとアルバムの関係も多様化して、グループとソロ・アーティストの違いよりもプロデューサーの存在が大きくなり、70年代後半の洋楽のプロモーションではプロデューサーへの関心が相当強くなっていました。

 その意味では、現在でも国内の音楽シーンはアメリカの20年遅れで進んでいると言ってもよいと思います。TKがプロデューサーとして注目されている現代の日本、70年代後半のジョルジオ・モロダーとよく類似していますが、彼はTKのように自らメディアの前面に登場することはあまりありませんでしたので少しニュアンスは違いますが、そのプロデュース作品の多さとジャンルの多様性は驚くべきものでした。全世界に衝撃を与えた有名なヒット曲はロッド・スチュワートとの制作による「アイム・セクシー」 (1980年)でしょう。

 話をEPICソニーに戻しますが、この新しい国内制作の方法は他のレコード会社に大きな影響を与えました。本家のCBSソニーも松田聖子を最後にアイドル路線を転換し、グループ、バンド、シンガー&ソング・ライターの育成に力を入れ始めます。東芝EMI、ワーナーパイオニアも路線を転換、テレビ側も「イカ天」(TBS系)などの深夜番組で新しい流れに便乗し始めました。空前のバンド・ブームが起こったのです。

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