2011/11/01

3(第二部)

 「音楽専用電池」という、一見「ホントか?」と思うようなキャッチフレーズで展開したソニーの単三乾電池のマーケティングはかなりの成功を収めました。コマーシャルばかりではなく製品のパッケージにも大きくそのキャッチフレーズを表示して、他メーカーとは一線を画した店頭での展開は、特に乾電池の新しい販売拠点として成長してきたコンビニにおいて顕著に成果が現れました。当時、トレンディ・ドラマと呼ばれたTVドラマの主役級として人気が高かった国生さゆりをモデルに起用し、パッケージにまで彼女のポートレートをデザインするという手法は乾電池としては画期的なもので店頭では明らかに他メーカーの製品と差別化されて陳列され、それまで地味だった乾電池の売り場を様変わりさせる効果もあったようです。

 このマーケティング・アイディアを理解し、私達の提案を支持して下さった恩人の一人で、私個人にとっても大切な先輩であり、師匠でもあったソニーの池田健太郎さんにはその後も色々とお世話になりました。池田さんは理論家でありながら、一方人情味溢れる熱血営業も展開するパワフルな人物で、その幅広い人脈と豊富なマーケティングの知識にはいつも大いに勉強させられました。また、池田さんの上司で、当時このソニー・エナジーテック株式会社の故角田社長には、国際感覚とソニー・スタイルの大切なエッセンスを教えて頂きました。このプロジェクトは私の会社にとっても、また私個人にとっても大変に大きな意味を持った仕事であり、音楽業界という特殊な社会から脱却して、より社会性の高い幅広い見識と経験を積んでゆくきっかけとなりました。同じソニーのグループ会社の中でもCBSソニーとソニーエナジーテックは最も距離の離れた異質な会社であったため、相互の理解を深めるためにはお互いが謙虚に、かつ冷静にそれぞれのビジネス・モデルとマーケティング手法を公開しじっくりと説明し合うことが如何に大切かを教えられました。コミュニケーションを前提とする提案型のビジネスを標榜していたCBSソニーコミュニケーションズという会社にとっては、まさに身近なところに格好のパートナーが見つかったということであり、その点からも今思い返せば大変に幸運だったと思います。

 私のチームは、このソニーエナジーテックをメイン・クライアントとして、その後もソニー・グループ企業を中心に仕事を進めていました。ソニープラザ、ソニー生命、ソニーファイナンス、そして故盛田昭夫ソニー会長のご実家である「盛田株式会社」(この会社は名古屋を地盤とする醸造業の会社で酒や味噌の老舗です)の仕事などもさせて頂きました。これらのおつき合いの中で、ソニー関係の様々な人々と出会い、現在でも親しくおつき合いをさせて頂いている方々と巡り会うことができたことは私にとって大きな財産となっています。

 そこで、次にその中でもユニークな経験をさせて頂いたプロジェクトを二つご紹介します。

 まず一つ目は今や「幻の商品」とも言えるソニーの失敗作です。MDが登場する2年程前のことです。ソニーの当時「GA(ジェネラル・オーディオ)事業部」と言われていたセクションから新製品のマーケティングに関しての相談がありました。その製品はディスクマンの小型版で世界最小/最軽量を目ざすという期待の製品でした。早速、品川のラボに伺ったのですが、そこで見た試作機は何とも目を疑うような物でした。その頃、CDの普及が進んでCDシングルも軌道に乗り始めた時期だったのですが、この新型CDウォークマンはそのCDシングルのサイズだったのです。(現代で言えばMDウォークマンの原形であり、この時期に既にソニーはMDサイズのウォークマンを完成させていたと言うことになります。)音質も申し分なく、大きさ、軽さも予想以上のものでした。ところが、CDシングル専用のディスクマンが果たして売れるのか?これが大きな問題だったのでしょう。そこで、この製品の企画者達はディスクの装填方法を新たに考案し、ハンバーガー方式にしていたのです。つまりディスクを中に収めて蓋をするという一般的なスタイルではなく、ディスクを蓋の部分と本体で挟むように入れて固定するという設計になっていたのです。従って、まるでハンバーガーのようにデイスクはマシンの蓋部分と本体との間のスキマから見える状態であり、さらに12cmのCDもかかるようになっていたのです。もちろんマシン本体のサイズはCDシングル大ですから12cmCDをかければ当然マシンからはみ出してしまいます。この姿は、まるで旋盤の機械のようにプレイヤーの周囲からCDがそのままむき出しで回転して見えているという何とも奇妙な光景でした。感想を求められた私は思わず絶句してしまいました。世界的な技術力を誇るソニーの開発設計陣を前にして、目の前で実現している「世界最小/最軽量のディスクマン」についての意見を求められても、実際にはこの12cmCDのはみ出した姿は何とも評価のしようがありません。私はその技術力に驚くと共に、CDシングルについてのソニーの技術陣の捉え方に対する現実を見せられた思いがしました。結論として、私はシングル盤の市場について、またその楽しみ方や使い方についてのレポートを提出し、あくまで「世界最小/最軽量のディスクマン」を切り口としたプロモーション展開を提案しました。実は歴史的に見ると、その昔コンパクトな持ち運びの出来る小形のレコードプレイヤーというものはかなり売れていて、17cmシングル盤サイズのターンテーブルで時にはオーバーハングした30cmのLPも聞いていたのです。小さな機械の上に二周りも大きなレコードがかかっている姿は明らかに不安定でしたが、例えば小学校の運動会などでは本部席でそんな光景をしばしば見ることが出来ました。技術者達はそんな話も持ち出してディスクがはみ出している状態の不自然さを是認するような意見も出されましたが、ウォークマンやディスクマンは持ち運び型と言うよりも携帯型であり、単に持ち運びの出来る小形プレイヤーとは使い方が根本的に違います。しかも、ウォークマン・ユーザーの多くは長時間のカセットに好きなアルバム2-3枚分をダビングして持ち歩きながら聞いているというのが当たり前の姿であり、CDシングルを次々ににかけかえるという手間をかけることは全く現実性がありません。そんな訳でこのディスクマンは発売されたもののほとんど成果を得られないまますぐに中止になりました。しかし、私がプロモーションのお手伝いをさせて頂く中で、テレビや雑誌などのメディアに紹介し「世界最小/最軽量のディスクマン」ということでソニーの高い技術力をアピールすることは出来ました。そして、当時の事業部長、大曽根幸三氏と懇意にさせて頂くことになったきっかけがこのプロジェクトでした。

0 件のコメント:

コメントを投稿