2011/11/01

2(第二部)

 CBSコミュニケーションズ(現ソニーミュージックコミュニケーションズ-SMC-)は、ソニーミュージックグループの子会社としては特にユニークな歴史を持ち、その中で独特なノウハウを蓄積しながら、ソフト/サービス系業態にデジタル技術を巧みに組み込んだ企業としてのステイタスを築いてきました。

 しかし、私が参画した設立の時期は試行錯誤の連続であり、個人のアイディアや力量に依存する状態の中で、事業の柱となるような組織的な新しいビジネスモデルを模索、探索している段階でした。製版事業という明確な一業種をベースとしながら、親会社のノウハウ、チャネル、ネットワークなどを活用しながらソフト&サービス系の新たなモデルを探る中で、私はプロモーションをベースとするマーケティング・サポート・サービスの事業化を考えていました。現代では既に常識化しているアメリカ生まれの科学的なマーケティング手法によるコンサルティングとサポート・サービスを合体させた事業です。

 時代はコンビニエンス・ストアなどの新業態の定着や郊外型ショッピング・モールなどのアメリカ型大型流通業態をモデルとする新たなセールス・チャネルの開発/開拓が進み始めていました。つい先頃、その頃の過剰な拡大戦略によって経営破綻した「そごう」、「マイカル」、「ダイエー」などはその最先端で次々に積極策を打ち出していました。こうした時代背景の中で、マーケティングは最も重要な事業手法として脚光を浴びていて、マスメディアに「マーケティング・ディレクター」「マーケティング・プロデューサー」などの肩書きで登場する人物が現れたりもしました。商品開発、キャンペーン企画、異業種タイアップ・プロモーション、チャネル対策販売促進企画などをこうした人物や小規模な企画会社にアウトソーシングする大手企業も多く、さしずめ現代のIT関連のメディア・プロデューサーやマルチ・メディア・ディレクターなどとよく類似した状況があったのです。

 私はSMCの唯一で、初の「マーケティング・ディレクター」としての名刺を持って、ソニー関連会社をはじめとして、新たなクライアント開拓に当たっていました。その中で今でも強く印象に残っているプロジェクトをいくつかご紹介したいと思います。

 ソニーの関連会社で、電池とカセットテープを製造販売するソニーエナジーテック(SET)という会社がありました。ソニーブランドの電池とカセットテープは、特にカセットについては定着したシェアがありましたが、時代的にはカセット自体の末期に当たり価格が大幅にダウンしており、事業としては採算性が危ぶまれる状態でした。一方、電池については価格競争と技術競争の真っ只中にあり、消費需要は様々な携帯機器の普及で爆発的に拡大している成長市場で各社の競合が激しさを増していました。特に単三乾電池の需要増に対しては、コンビニエンス・ストアなどの新しい流通も成長し始めており、マーケティング戦略の良し悪しは各社のビジネスの成否を大きく左右していました。需要対象の主役はウォークマン、コンパクトカメラ、そして当時新登場のゲームボーイです。

 それまでは電通に委託していたソニーの単三乾電池のマーケティングについて、SMCとして独自の企画を持ちこんでプレゼンテーション・コンペに参加したのです。グループ内の新しい会社であることに対する「ご祝儀」の要素もあったのですが、天下の電通と東急エージェンシーを相手とするコンペへの参加に現場は大いに気合を入れて臨みました。この時のコンセプトはSMCの基本に忠実に「音楽」としての切り口で、ターゲットをウォークマン・ユーザーに絞り込んだコピーに集約されていました。「音楽専用電池」というプロフィールを正面から打ち出すという戦略ですが、当然の事ながら営業系の役員からは懸念が表明されました。そもそも電池には用途の専用性は全くありません。カメラでもおもちゃでも関係無しに使えるものであり、メーカーによる品質の違いは若干あるにせよ、性能とサイズは単三乾電池としての統一規格があり、技術面の競争は専ら容器の容量に比例する秒単位の「発電時間」でしかありません。「音楽専用電池」というプロフィールは徒に用途を限定し、しかも本質的に「正しくない」表現なのです。

 コンセプトのポイントは、競合する店頭でのブランド選別の「フェイズ」転換です。他社製品が一応に「容量=時間=パワー」という「定量的」競争の中にあって、唯一ソニーだけは「定性的」意味付けを行うことによって、どのような店頭陳列の状態であっても「はずせない」ブランドとしてプロファイルすることを目指したのです。もちろん背景にはAVブランドとしての「Sony」があり、「ウォークマン電池」という商品名も並行して使うことで、音楽ユースのイメージとクォリティ感に集約することを目指しました。

 結論として、このプランが採用されてSMCは単三/単四乾電池のマーケティングと広告宣伝担当会社(Account Executive=AE)として、その後6年余り業務を委託されました。ソニーのシェアは、特に新興のコンビニエンス・ストアでの成功が寄与して3年間で3%余りUPしました。これらの商品、一般的に「コモディティ商品」とよばれる日用品分野では大きな成果であり、SMCの評価が大きく上がった仕事でした。

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