2011/11/01

9(第二部)

 私の師匠と言えるお二人、丸山茂雄氏(元SME代表取締役)と堤光生氏(元SME取締役)はかつてはEPICソニーの邦楽と洋楽のそれぞれの中心としてライバル関係にあり、その後デジタル時代に入ってからも「ニューメディア」ビジネスの二つの部門リーダーとして各々独自の路線を指向して、SMEにとっての新しいビジネス・モデルの構築に尽力されました。既にご紹介したように、丸山さんはPlaystationの生みの親の一人として大きな成果を上げられ、また堤さんはSo-netの立ち上げを通じてネット時代のコンテンツビジネスの先鞭を付けました。

 娯楽業界→芸能界→音楽業界→レコード業界というビジネスドメインにおける邦楽系と洋楽系に専門化/特化して、お二人はそれぞれの業界における有名人として日本を代表するプロデューサーになられました。しかし、お二人ともその立場に甘んじることなく常に新しいフィールドに関心を払い、娯楽市場全般に対する興味を抱きながら、共にソフトウェア・クリエーターの視点でいつも時代と世の中を深く見つめておられました。カルチャーとしてのエンターテインメントとそれを取り巻く様々なクリエイテイブな活動には、音楽、映像、デザイン、シナリオ、演出といった各専門分野のアーテイストやクリエーターの多様なアイデアが総合化されています。古くはワーグナーの目指したオペラ(彼は「歌劇」から「楽劇」という形の総合芸術化を目指した)、現代ではハリウッド映画やRPGゲーム、テーマパークなど、建築家やインテリアデザイナーなどの造形作家も加わって、テクノロジーやエンジニアリングの領域とも深い関係を持ちながら進化を続けています。娯楽産業全体の規模は放送や通信などのメディアも含めると米国で約25兆円、EU全体で13兆円、日本では5兆円と言われていますが、さらにファッション・デザイナーや建築家、広告業界などを加えた全世界のクリエーターの数は一体どの位になるのでしょうか。プロスポーツの娯楽化も急速に進んでいますし、キャラクタービジネスなども加えれば市場規模はさらに広がるでしょう。

 こうした娯楽産業に特化したビジネス・モデルの典型的な企業がソニーであり、エレクトロニクスとソフト・コンテンツの連動によってハードウェアとサプライ系消費財(記録メディアや電池など)、そしてエンターテインメント・ソフトウェアの総合メーカーとして、グローバルな巨大企業に成長しました。

 80年代初頭のハリウッドの映画会社コロンビア・ピクチュアーズ、そしてCBSのレコード部門の買収についてはアメリカ国内でかなりの批判的な論調も見られましたが、一般的には高いブランド・イメージによって大衆や社会全般での定着にはさして時間はかかりませんでした。むしろ株式市場などでは評価が高まり、ソニー全体としては真にグローバルな会社として広く認められることになったと考えられます。とりわけデジタル時代への変革のプロセスの中では、その中心的な存在としてIBM、Microsoftなどと共に新興勢力(AOLやCisco Systemsなど)と上手く歩調を合わせて成長してきた経緯があります。日本の他の家電メーカーとの違いは、とりわけソフトウェアの部分で顕著であり、またエンタテインメント・ビジネスを機軸とする点でもビジネス・モデルに大きな違いがあり、例えばNECや松下との違いはこうした部分で明らかでしょう。

 そのエンタテインメント・ソフトウェア・ビジネスの担い手として、ソニーのハードウェアとのシナジーを積極的に推進したのが元ソニー会長の大賀典雄さんです。大賀さんの強烈な個性と卓越したビジネス・センスは、井深さんと盛田さんによって築き上げられたソニーをさらに大きなものに育て上げました。そして、その大賀さんのソニー・ミュージックにおける愛弟子とも言えるのが丸山さんと堤さんなのです。ソニー・ミュージックでの大賀さんの忠実な大番頭役は元ソニー・ミュージック会長の小沢敏男さんでしたが、小沢さんはクリエィティブなセンスを持った新しいタイプの経営者の育成に力を注がれました。丸山さんと堤さんはその代表的な存在で、EPICソニーでのライバル関係から始まって、お二人ともに90年代の後半にSMEの取締役として経営の中核にまで出世されました。そして、ソニー・グループにとっての現在の重要なビジネスに育ったプレイステーションとソネットに結びついているのです。

 私自身は、主に堤さんの部下として10数年を共に過ごさせて頂き、クリエイティブ・ワークとビジネスの結びつきの基本と言えるコミュニケーション・マーケティングを徹底的に叩きこまれました。特にメディアやクリエーターとの付き合い方については、言葉遣いや立ち居振舞いに至るまで事あるごとに細かい注意や指導を受けましたし、外国人との接し方や国際ビジネスの進め方についても豊富な経験に基づいた実戦的なノウハウを色々と教えて頂きました。特に、ミュージシャンやアーティストとの付き合い方やマネージャーやディレクターとのネゴシエーションの方法などは、現場に同席して様々なケース・スタディをさせて頂きました。堤さん自身がかつてはレコーディング・ミュージシャンであったこともあり、業界のしきたりから業界用語に至るまで、日本とアメリカの違いを踏まえながら日米の両業界について幅広い知識と見識をもっておられましたので、極めて現場主義的な立場からの具体的な指示、指導が今でも強く印象に残っています。そして、心から音楽を愛し、また新しいものを好み、テクノロジーへの飽くなき興味を持ち続けておられ、それは現在でも変わることがありません。あらゆる意味で率直で、少年のようなピュアな気持ちの持ち主として、まさにクリエーターの心を全く失わずにおられることは、ソフトウェア・ビジネスマンとしての極意と言えるかも知れません。

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