2011/11/01

26(第一部)

 音楽業界における「ショーケース」とは、ブレイク前の有望なアーティストのお披露目ライブのことです。ほとんどの場合、料金はタダに等しいためステージはクラブあるいはイベント会場であることが多く、まれにビッグ・アーティストの前座バンドとして大きなステージに抜擢されることがありますが、この場合は特に「ショーケース」とは表現しないようです。また、80年代の初め頃にアメリカのロック・ミュージック界でしばしばこの表現が使われましたが、日本国内では現在までほとんど定着していない用語であり、読者の皆さんにもあまり馴染みのない言葉かもしれません。

 前回にもご説明したように、EPICソニーの洋楽部門は高騰する宣伝費の節減と合理化のために、新人のデビュー・キャンペーンに対するコスト・ダウンとリスク・ヘッジを狙って様々な仕掛けを考えていました。「ニューアーティスト・ショーケース」と名付けられた新人キャンペーンは、一つの新規事業としての狙いも併せ持った形で、世界の5組のアーティストを2ケ月間に集中的に来日させ、東京と大阪で立て続けに「ショーケース」を開いてメディアやユーザーの注目を集めようとして考え出されたものでした。しかも、本来は「無料」に近いチケットを2000円で販売して「ショーケース」という新しいコンサート形式を業界に提案する形で、コンサート興行を行う洋楽系音楽事務所や媒体を巻き込みながら、バブル時代の企業イベントとして典型的な「冠コンサート」の体裁を整えるという仕掛けでした。背景には、洋楽コンサートのチケット価格がかなり高騰しコンサート自体も企業の大型イベント化する流れが主流となっていたこと、逆に新人や中堅のコンサートの招聘機会が減少して新しいアーティストを育てる環境が徐々に少なくなってきた状況がありました。ここらあたりにも日本の「バブル時代」のお祭り的気運が音楽業界にも大きく影響していたことが窺えます。

 EPICソニー「ニューアーティスト・ショーケース」によってピックアップされた世界の新人アーティストは次の5組のロック系グループでした。「ティル・チューズデイ/'til Tuesday」(米)、「プリファブ・スプラウト/Prefab Sprout」(英)、「フェイス・トゥ・フェイス/Face To Face」(加)、「ワワニー/Wa Wa Nee」(豪)、「ユーログライダーズ/Eurogliders」(ニュージーランド)、の以上5組です。あれから10数年が経過した現在でも活動を続けているグループは残念ながら1組もないと思いますが、この中では「ティル・チューズデイ」と「プリファブ・スプラウト」が当時の注目株で、特にニューウェーブ系ブリティッシュ・バンドの「プリファブ・スプラウト」は一足先にアルバムをリリースしており、国内でも一部マニアの評判も上がっていて、案の定チケットはほぼ完売する人気でした。これらのファンからは「2000円のコンサート」は画期的な企画として絶賛されて投書や激励の手紙なども頂戴しました。一方、ニュージーランドのポップ系グループ「ユーログライダーズ」は豪州ではかなりの人気をもっていたキャリアのあるバンドでしたが、日本ではまったく無名、チケットも50%に満たない売れ行きだったと記憶しています。

 この「ショーケース」のチケットの販売方法も当時としては画期的なもので、ほぼ週1回/連続5回の割引通し券と各2000円のバラ売りを併用し、スポンサーやメディアの招待券やプレゼント券による動員を図りつつ、雑誌広告による通信販売と電話予約、担当した音楽事務所による「チケットぴあ」販売も行われました。特に連続5回の通し券は、企画段階では関係者のほぼ全員が否定的でしたが、実際には全体の20%程度に当たる有料動員を果たし、洋楽コア・ファンの確かなライブのニーズを証明する形になりました。例え無名や新人のアーティストであっても、ライブ・ステージを楽しみ、自分なりの評価をしたいというファンが着実に育っていることを実証したということができます。
 実際の企画推進のためには音楽事務所の理解と協力は不可欠であり、興行の主体としての音楽事務所は小屋(ホール)の手配からチケットの販売、そしてアーティスト・ケアまでの一貫した作業の流れをつかさどるノウハウをすべて握っており、プロとしてのプライドとともにレコード会社に対して独特のスタンスを持っています。特に海外アーティストの招聘を扱う音楽事務所はレコード(CD)の販売実績に基づくマーケットのニーズを予測しながら、アーティストのマネジメントから「国際興行権」を譲り受けたプロモーターと日本での興行権を巡って競合他社との争奪戦を展開するのですが、コンサートの規模、回数、地域、ターゲットなどの判断を行う上で、レコード会社のマーケティング活動との連携を極めて重要視しています。彼らの協力を得ずして「ショーケース」の実現は不可能であり、同時にレコード会社との協力関係なくして彼らのビジネスも成立しないというギブ&テイクの関係を背景としながらも、ハイリスクでアドバンス資金を必要とするコンサート興行を業務とする音楽事務所は一般的に企業規模も小さいため、レコード会社の宣伝資金力を当てにしているケースが多く、お互いに予算を巡って牽制し合う関係でもあるのです。

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