2011/11/01

27(第一部)

 EPICソニー「ニューアーティスト・ショーケース」は、無名や新人のアーティストのライブ・ステージを楽しみ、自分なりの評価をしたいという洋楽のコア・ファンの着実なニーズを証明することになりました。また、洋楽業界全体の新しいビジネス・モデルを示唆するいくつかの重要な問題提起をしたとも考えられます。時代はバブルへ向かって進んでおり、価値観の多様化と有名ブランド志向が共存し、グルメブームとマネーゲームの情報が氾濫する中で日本全体が「ジュリアナ」カラーに染まって行くのですが、アナログからデジタルへ=レコードからCDへの変化に象徴される「軽薄短小」の時代感覚、ファミコンの爆発的なヒットによる「ゲーム世代」の台頭、その裏文化としての「オタク」や「フェチ」の登場など、バブル経済の崩壊後に表舞台へ出てくるサブ・カルチャー的な衣装を纏ったニュー・ビヘイビア・グループは既に80年代末期に着実に育っていました。

 1989年を挟んで前後の3年間は、後に大事件を起こすオウムが急速に勢力を拡大した時期であり、世紀末論議、世界的な政治・経済の変化、西側の勝利=アメリカの復権というストーリーの流れの中で、日本経済の突然の崩壊が若年層/青年層にもたらしたインパクトは想像を越える大きなものでした。その若年層/青年層を主たる購買ターゲットとする音楽業界は常に時代感覚の先端で活動しなければならないビジネスとしての宿命を背負いながら、バブルを背景としてメディアや一般企業との関係を深めて行くプロセスの中で、その本質的な使命を果たしきれず、特に企業化した大手レコード会社は新しい時代の音楽を生み出し、発掘し、育てるという力を急速に失っていくことになります。

 ソニー・ミュージックも例外ではなく、そのクリエイティブなパワーの象徴とも言える存在だったリーダーが「ゲーム・ビジネス」に最大の興味と関心を抱くことになってからは、本業のミュージック・ビジネスは徐々に力を失い、新興勢力の「エイベックス・トラックス」などにアーティスト諸共主役の座を奪われることになります。ソニーミュージックのアーティストの一部がファミコンソフトを企画し、発売したことを覚えていらっしゃる方もいることでしょう。皮肉なことに上場企業としての体裁と体制を整えた時期から日本経済が本格的な景気後退の局面に入り、それまでの「超優良企業」としてのイメージにも徐々に陰りが見え始めてきます。一方で、IT時代の先駆とも言える「デジタル」文化の象徴として、日本産の「ゲームビジネス」は任天堂のファミコンによる世界制覇から第2次(32ビット)時代へと移り変わる時期に差し掛かって、記憶に新しい「プレステ」vs「サターン」の激しい市場競争の時代へと進んで行きます。

 EPICソニー「ニューアーティスト・ショーケース」に携わった私は、業界の抱える構造的な問題と「洋楽ビジネス」の限界、特に海外におけるアーティストとレコード会社の関係について新しい「ビジネス・モデル」が登場し始めてきたことやソニーのCBSレコード買収や松下によるMCA買収などのバブルを背景とした日本資本のアメリカ企業買収ブームに乗った一連の国際的なビジネス・フレームの大きな変化について、一種の困惑と洋楽ビジネスという日本市場向けのディストリビューション・ビジネスの考え方自体に限界を感じ始めていました。既に価格の安い輸入CDやTower RecordsやVirgin Megastoreなどの米、英の大型流通の進出によって「洋楽CD」の国内制作や国内プレスの必然性が益々希薄になってきたと考えはじめていたのです。

 私自身のサラリーマンとしてのキャリア、そしてキャリアに見合った仕事のレベル、またマーケティングを軸とした新規事業開発に対する個人的な強い関心などの要素が相俟って、私がEPICソニー洋楽部門から離れることになったのは必然的な流れだったと思います。私のおよそ10年の音楽業界でのキャリアを通して、芸能界としての華やかな一面や国際ビジネスとしてのスケール、さらにメディアやエージェントのマーケティングに関する知識など現在の私自身の基礎とも言える大きく貴重な経験をすることが出来ました。また、ソニーミュージックの一員として新しいビジネスの開拓、会社の将来に寄与する新しいノウハウの蓄積など、ここでの経験を生かしながらソニーミュージックらしい新規事業を立ち上げるという興味深いミッションを与えられることになりました。

 この「楽歴書」も音楽業界でのお話を終えて、2001年から現在の私にダイレクトにつながる第2部の「楽歴」に入って行きます。私自身、20世紀の後半を生きてきて、自分自身のキャリアを振り返りながら時代の総括を出来たことは大変に有意義でした。改めて、装いも新たに第2部を書き綴ってみたいと思っています。

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