CBSソニー(当時)の新しい子会社、CBSソニーコミュニケーションズはグループ内の子会社としては初めてと言ってもよいサービス業の会社であり、具体的な商品を持たない企業でした。それまでにもグループの中には芸能プロダクションや著作権管理会社などがありましたが、いずれも本業の音楽関連の業態であり、純粋な意味での企画サービス、技術サービスのみを行う「エージェント」的な業態は初の試みだったと思います。
この会社の母体となったのは印刷の前工程と言える「製版」を行う工場です。クリエイティブなセンスも必要とされる製版業は付加価値の高い業種の一つで、レコード産業のように商品パッケージがほぼ一定の形態である業種にとっては特にメリットが大きく、CBSソニーはかなり初期の頃から製版を内製していたのです。その経験とノウハウを生かして、既にCBSソニーコミュニケーションズとして独立した時点では、社内はもとより同業他社のジャケット製版も多数手がけており、事業としてかなりの成果を上げていました。親会社のソニーの仕事も沢山手がけていて、ソニー製品のパンフレットやポスターなどの宣伝/マーケティング・ツールやパッケージ、雑誌や新聞広告など、また多くのソニーグループ企業の様々な印刷物の製版工程を引き受ける形でソニーグループ全体の仕事を開拓していました。
CBSソニーコミュニケーションズとして独立した時期は「製版業」にデジタル技術の新しい波が訪れ、デスクトップ・パブリッシング(DTP)が一般化し始めた頃であり、「デジタル製版」の第1期に入った頃でした。新しい設備投資と先行するデジタル技術のノウハウを売り物にして、安価で早く、また校正や修正のしやすいサービスを一早く取り入れることで新しいクライアントの開拓も始めようという考えで事業の拡大を目指したのです。また、製版に至る前の工程と言えるデザイン工程、そのさらに前の段階である広告・宣伝企画全体を視野に入れて、セールス・プロモーションとマーケティング全体を包括した「広告代理店業」への参入も新規事業の一つとして考えられていました。
私はこの新会社の構想を提案した一人として参加することになったのですが、全社から集められた人材と既に存在していた製版事業の人々との間には同じ会社の人間でありながらも経験やノウハウの全く異なった文化があり、一つのチームとしてまとまって行くためには双方の努力が必要だと感じました。特に音楽業界、芸能界出身の人々と製版業のプロとして育ってきた人々の間には日常の行動パターン一つをとっても大きな隔たりがあり、またサービス業としてのビジネス・モデルをきっちりと理解して事業や経営の舵取りを行うマネジメントの体質や指導力も完全なものではありませんでした。「エージェント」事業としての収益の考え方や売上と利益管理の方法についても個人の裁量に任されるケースが多く、既に一定のビジネスモデルを確立していた製版業以外の新規事業はいずれも組織的な戦略的事業方針を掲げることが出来ず、個人ベースの企画開発に終始していました。今改めて振り返って見ると、一面でこの状況は不可避なものだったと思われます。マネジメント・チームを含めて製版事業以外の部門から集められた人材はそれぞれに実績と経験を備えた精鋭であり、独自のビジネス観と個々のキャリア上の目標を持っていました。ある意味で、各々が独り立ち出来るだけのベンチャー性と実力を持って、「個」としての活動を通して次世代型ビジネスモデルの実証実験を行っていたのだと解釈することが出来ます。トップはこれらの「個」の活動の中から次の組織的ビジネスの「ネタ」を探りながら、徐々にシステム的な事業モデルの構築を進めるためにマネジメント・チームを頻繁に交代させてきました。結果として、事業の安定化と着実な成長へのドメインが固まりグループ内でのユニークなポジションを確立すると共に、プロパーな人材を育てることも出来ました。
私個人にとっても、この会社での経験はその後の自分自身のビジネス・キャリアの上で大変に貴重なものでした。今日では「起業家」=アントレプレナーという言葉が一般化していますが、私がその部分での考え方を学んだのはまさにこの時代であり、およそ5年間のこの会社でのキャリアの中で築いた人脈は現在の私に直結しています。ソニーグループ以外の企業との積極的な交流はEPICソニーでの最後の2年間からさらに広がり、GMS、HC、コンビニなど大手流通系の勉強や「B to B」をベースとする業態の研究、また官公庁や特殊法人の人脈などもこの頃から広がり始めました。様々な業種のビジネスモデルを見聞し、その中でデジタル時代の幕開けという歴史的な構造変革が始まり、さらにバブル崩壊後のシビアな国内市場状況の中での消費低迷現象とレコード産業を支える若年層市場の変化は現在までの市場環境激変の明らかな「兆候」を感じ取ることが出来ました。新時代への移行過渡期的現象の数々は「危機とチャンス」が同居する時代であることを示し、守旧派と革新派のせめぎあい、世代交代の加速化、消費者至上主義の圧倒的支配、共存からサバイバルへの転換といった現代日本経済の構造変化のビビッドな局面そのものに立ち合う形で、情報技術の進展に対する自分自身のスキルアップも積極的に行ってきました。
次回からは、この時代に担当した具体的なプロジェクトをいくつかを取り上げながら、各々の企業の中でのドラマチックな変化のエピソードの一部でもご紹介できたらと思います。
この会社の母体となったのは印刷の前工程と言える「製版」を行う工場です。クリエイティブなセンスも必要とされる製版業は付加価値の高い業種の一つで、レコード産業のように商品パッケージがほぼ一定の形態である業種にとっては特にメリットが大きく、CBSソニーはかなり初期の頃から製版を内製していたのです。その経験とノウハウを生かして、既にCBSソニーコミュニケーションズとして独立した時点では、社内はもとより同業他社のジャケット製版も多数手がけており、事業としてかなりの成果を上げていました。親会社のソニーの仕事も沢山手がけていて、ソニー製品のパンフレットやポスターなどの宣伝/マーケティング・ツールやパッケージ、雑誌や新聞広告など、また多くのソニーグループ企業の様々な印刷物の製版工程を引き受ける形でソニーグループ全体の仕事を開拓していました。
CBSソニーコミュニケーションズとして独立した時期は「製版業」にデジタル技術の新しい波が訪れ、デスクトップ・パブリッシング(DTP)が一般化し始めた頃であり、「デジタル製版」の第1期に入った頃でした。新しい設備投資と先行するデジタル技術のノウハウを売り物にして、安価で早く、また校正や修正のしやすいサービスを一早く取り入れることで新しいクライアントの開拓も始めようという考えで事業の拡大を目指したのです。また、製版に至る前の工程と言えるデザイン工程、そのさらに前の段階である広告・宣伝企画全体を視野に入れて、セールス・プロモーションとマーケティング全体を包括した「広告代理店業」への参入も新規事業の一つとして考えられていました。
私はこの新会社の構想を提案した一人として参加することになったのですが、全社から集められた人材と既に存在していた製版事業の人々との間には同じ会社の人間でありながらも経験やノウハウの全く異なった文化があり、一つのチームとしてまとまって行くためには双方の努力が必要だと感じました。特に音楽業界、芸能界出身の人々と製版業のプロとして育ってきた人々の間には日常の行動パターン一つをとっても大きな隔たりがあり、またサービス業としてのビジネス・モデルをきっちりと理解して事業や経営の舵取りを行うマネジメントの体質や指導力も完全なものではありませんでした。「エージェント」事業としての収益の考え方や売上と利益管理の方法についても個人の裁量に任されるケースが多く、既に一定のビジネスモデルを確立していた製版業以外の新規事業はいずれも組織的な戦略的事業方針を掲げることが出来ず、個人ベースの企画開発に終始していました。今改めて振り返って見ると、一面でこの状況は不可避なものだったと思われます。マネジメント・チームを含めて製版事業以外の部門から集められた人材はそれぞれに実績と経験を備えた精鋭であり、独自のビジネス観と個々のキャリア上の目標を持っていました。ある意味で、各々が独り立ち出来るだけのベンチャー性と実力を持って、「個」としての活動を通して次世代型ビジネスモデルの実証実験を行っていたのだと解釈することが出来ます。トップはこれらの「個」の活動の中から次の組織的ビジネスの「ネタ」を探りながら、徐々にシステム的な事業モデルの構築を進めるためにマネジメント・チームを頻繁に交代させてきました。結果として、事業の安定化と着実な成長へのドメインが固まりグループ内でのユニークなポジションを確立すると共に、プロパーな人材を育てることも出来ました。
私個人にとっても、この会社での経験はその後の自分自身のビジネス・キャリアの上で大変に貴重なものでした。今日では「起業家」=アントレプレナーという言葉が一般化していますが、私がその部分での考え方を学んだのはまさにこの時代であり、およそ5年間のこの会社でのキャリアの中で築いた人脈は現在の私に直結しています。ソニーグループ以外の企業との積極的な交流はEPICソニーでの最後の2年間からさらに広がり、GMS、HC、コンビニなど大手流通系の勉強や「B to B」をベースとする業態の研究、また官公庁や特殊法人の人脈などもこの頃から広がり始めました。様々な業種のビジネスモデルを見聞し、その中でデジタル時代の幕開けという歴史的な構造変革が始まり、さらにバブル崩壊後のシビアな国内市場状況の中での消費低迷現象とレコード産業を支える若年層市場の変化は現在までの市場環境激変の明らかな「兆候」を感じ取ることが出来ました。新時代への移行過渡期的現象の数々は「危機とチャンス」が同居する時代であることを示し、守旧派と革新派のせめぎあい、世代交代の加速化、消費者至上主義の圧倒的支配、共存からサバイバルへの転換といった現代日本経済の構造変化のビビッドな局面そのものに立ち合う形で、情報技術の進展に対する自分自身のスキルアップも積極的に行ってきました。
次回からは、この時代に担当した具体的なプロジェクトをいくつかを取り上げながら、各々の企業の中でのドラマチックな変化のエピソードの一部でもご紹介できたらと思います。

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