2011/11/01

20(第二部)

 日本経済の低迷=デフレの状況は未だに出口の見えない厳しい見通しの中にあります。御承知のように新聞やテレビで連日報道されている経済に関する様々な論評や分析を見聞きしても、一体この先どのようになってゆくのか? 社会全体が暗中模索の状態であるように思います。11/24の朝日新聞は、今後の景気についての記事に多くの紙面を割いていましたが、5面に連載中の「経済漂流」では、1998年当時のITバブルに関する記述がありました。私はその記事の中で触れられていたIT系企業やその経営者の方々と面識がありその当時にも色々な場面でお会いしたり、具体的なビジネス上のおつき合いもありました。渋谷区を中心とした「ビットバレー」と呼ばれる地域に本拠を置いている新興ベンチャー企業のいくつかとも仕事上の直接の関係があったり、情報交換などもしていました。この朝日新聞の記事の通り、1998年頃のIT系業界は全体的に「浮かれた」ムードが漂い、世間の不景気感とはかけ離れた「異常」な雰囲気がありました。団塊の世代以後の30代や40代前半のビジネスマンが主役となって、新しい事業や新しい市場を生み出そうとする気運が高まっていました。旧世代や旧秩序に対する強い不満を背景に、日本の長期不況と対照的なアメリカの好況との矛盾を目の当たりにしながら、IT産業における日本の「遅れ」に着目して新しいビジネス・モデルやテクノロジーを導入する新規事業が数多く立ち上がったのです。

 こうした一種異常な「ムード」の中で、私自身もデジタル革命とインターネット時代の真只中で仕事を続けてきたことと、アメリカの凄まじい変化を実感していたことによって、日本の新しいマーケットの誕生を確信していました。基本的にその「確信」は現在でも変わっていないのですが、その新しいマーケットの誕生には様々な条件があること、とりわけ産業構造の転換に繋がる巨大な社会システムの変化については、私の想像を遥かに越えるエネルギーが必要なことについては、その「ムード」の中では正直なところ気がついていませんでした。ソニーの一員であった頃にはデジタル産業への転換は日常的なことであり、プレイステーションとバイオの成功やソネットの立ち上げも順調に進んでいて、私の関わった新しい事業はいずれも順風満帆に推移していると見えていたからです。携帯電話は急成長し、i-modeの登場でインターネットも一気に普及していました。スターバックスやユニクロは急速に店鋪を増やして増収増益、UFJやディズニー・シーも大盛況、ホンダやトヨタも業績を伸ばしていて、日本は本当に不景気なのだろうか? と思う程に、IT関連企業に限らず新しいビジネス・モデルやテクノロジーをグローバルな視点で展開する企業はしっかりとした業績を上げていました。それは2002年の現在でも言えることなのですが、例えばここで例に挙げたスターバックスやユニクロ、UFJの場合は今年に入って少し様子が変わってきた様です。携帯電話ビジネスも急成長期から安定期に入ったと言われますし、自動車も2001/9/11のテロ事件後のアメリカ経済の減速によって先行きが不透明になってきました。

 改めて1998年頃の私は、ネットワーク・ゲームの開発と市場性に傾注していて、インターネットの新しいエンタテインメント・コンテンツとしての将来性を探っていました。ソネットにおけるポストペットの成功に気を良くして、次はネットワーク・ゲームだ! とばかりに気負い込んでいたとも言えます。1997年のアメリカでのビジネス・ショー「E3」で発見したコロラド州デンバーのベンチャー企業VR-1社との出合いや日本のITバブルを演出したいくつかの企業との関係によって、ゲーム・ビジネスの新しい展開や制作業務の変化について、とくに新しいテクノロジーの必要性を強く感じていたことも背景にありながら、目の前で演じられているいくつかのバブル劇の有り様に気を取られていたことも否めません。VR-1社との関係は1998年初頭頃から急速に密接なものになりました。まずはソネットで取り組みを始めたネットワーク・ゲーム・サイトのメニューとして、VR-1の深海シミュレーション・ゲーム「SARAC」のライセンス契約交渉が始まりました。(このゲームは現在でもソネットの「Party Crew」でサービス中の本格的なリアルタイム・マルチ・プレイヤー型のネットワーク・ゲームの一つですが、このゲームのオペレーションにVR-1社の基幹サーバー技術である「コンダクター・ソリューション」が使われています。これはMicrosoft Gaming Zoneが提供している戦闘機バトル・エア・シミュレーター・ゲーム「Fighter Ace」を代表として、アメリカ以外にもライセンサーを開拓しており、VR-1のネットワーク・テクノロジーの中核を形成する技術です。)この「SARAC」のライセンス契約交渉を通じて、VR-1社CEOだった30代半ばの若いビジネスマンMike Monitz氏との交流が始まりました。Monitz氏はハーバード・ビジネス・スクール出身の若き秀才であり、彼のパートナーであるテクノロジー・サイドのTOPで、当時31才だった天才型のMark Vange氏とのコンビネーションはアメリカンITベンチャーの典型的なスタイルを持ち、世界各国の多くの有力企業や投資組合などの資金を集めてIPOを目指して精力的に活動していました。Monitz氏はMicrosoftやHewlett PackardなどのIT系企業ばかりでなく、米軍関係者やカナダのエンジェル、コンピューター業界の年金ファンドなどの投資家を開拓し、98年当時で約1億ドルの資金を集めていました。私は彼のその若さと情熱に大いに感服して、アメリカの新しいビジネスのダイナミズムを目の当たりにして正直、圧倒されました。そして、この若き経営者に日本の市場と投資家についての情報を提供し、ソネットとのライセンス契約以上の個人的な関係を築いて、彼とVR-1社をサポートしようと思ったのです。

0 件のコメント:

コメントを投稿