2011/11/01

5(第二部)

 この原稿を書いている時間帯のTVのニュース番組では、イチローと新庄のニュース、サッカーの小野と稲本の話題、そして水泳世界選手権の各国選手の活躍が報道されています。ほんの数週間前に、2008年のオリンピック北京開催の決定報道があり、その中で、日本の各メディアは落選した大阪の誘致活動を巡る分析記事を掲載しましたが、その論調の中には、国際的な規模でスポーツを巡る大きなビジネス環境の変化が起こっていることが指摘されていました。そして、その数日後にはIOC会長の交代、丸山茂樹の米国プロ・ツア-での優勝、中田英寿のイタリアセリエAでのチーム移籍、と言ったようにスポーツ新聞のトップニュースはここ数年の中でも、特に2001年になって以来、ダイナミックに様変わりしているといって良いでしょう。

 前回ご紹介した「アライ・スキー・リゾート」プロジェクトの計画段階から現在に至るビジネス上の「結果」について、こうした国際的な「スポーツ・エンタテインメント・ビジネス」の大きな変化が関与していることは疑いがありません。アメリカを中心として発達してきたプロ・スポーツのビジネス・モデルがあらゆるスポーツにプロ化の道を開き、さらにオリンピックの変質を促した「冷戦の終結」と共に一気に加速したことによって、日本のスポーツ界にも大きな変化をもたらしています。それは、日本のプロ・スポーツの歴史、すなわち「野球と相撲」という極端に異質な表ジャンルに、外人=悪役をベースとした「ボクシングとレスリング」という格闘技の裏ジャンルを 混在させた形で発展してきた一種異常な構造が完全に書きかえられたことを表わしています。これは、音楽業界を代表とする芸能界の構造変化と全く同質なもので、「興行」と呼ばれる「見世物商売」と勝者を当てる「賭博商売」という特殊な利権ビジネスが「エンタテインメント・ビジネス」というサービス業として、真に表の商売に生まれ変わったということでしょう。そして、その発展を促した2つの大きなファクターはテクノロジーの発展とマーケティングの進歩だといえます。

 まずテクノロジーの効果について考えてみましょう。一口にテクノロジーと言っても様々な分野がありますが、最大の効用をもたらしたのはやはり「スポーツ医学」と「科学的トレーニング」だと思います。筋肉増強剤やドーピングの対象となる様な薬剤の問題もありますが、怪我や故障の治療技術や競技に適した筋肉の鍛錬法など、スポーツに特化したメディカル・ノウハウの研究開発の進歩は目覚しいものがあります。専門家の増加はプレイヤーをサポートするチームとして発達し、彼らの存在価値に対する経済的な評価が高まったことも大きな要因です。冷戦後には、特に東欧圏の優秀なドクターやコーチ、トレイナーが世界のレベルアップに貢献しており、冷戦時代に多額の国家予算で研究開発を続けていた東欧諸国のノウハウが国際市場に流通したことによって、特にウィンタースポーツや水泳、体操、陸上などの分野で世界的なレベルアップとプレイヤーのプロ化の流れが進んでいます。

 このプレイヤーのプロ化の流れは、マーケティングの進歩の効果と言うことが出来ます。特に、スポーツ用品のメジャー化はそのシンボリックな傾向であり、中でもウェアとシューズは「スポーツ・ファッション」としてカジュアルウェアのメインストリームにまで成長しました。そのノウハウは、アメリカのプロ・ゴルフが発祥であり、プレイヤーブランドからスタートしたゴルフウェアとゴルフ用品が世界の中年男性のメジャーファッションになったように、ナイキやアディダスが世界のカジュアル・ウエア・ブランドとして巨大なビジネスを成功させています。世界のランキング・プレイヤーはプロ、アマを問わずこうしたスポーツ用品企業のスホンサードを受けており、さらにテクノロジーとの関係では様々な樹脂、繊維、金属などの素材開発やスポーツ飲料のような新分野の開拓に貢献しています。

 メディアにとっては「スポーツ・エンタテインメント」はそもそも重要なコンテンツでしたが、オリンピック以外の国際競技イベントについても、スポンサーのグローバル化によってプログラムのバリエーションが増加し、アメリカのプロスポーツ発達のノウハウがリアルタイム配信技術の発達と共に世界のメディア地図を書き換えています。米ESPNチャンネルの急成長はCNN同様、TV局のビジネスモデルを大きく変えました。

 このように改めて述べるまでもなく、「スポーツ・エンタテインメント・ビジネス」の急激な世界的変化とライフスタイルへの大きな影響は、人類の根源的なテーマである「生命と肉体」の「謎」に対する究極的な興味であり、その原理を解析しようとする遺伝子工学の急速な発達と無関係ではありません。それは「健康と環境」という地球的課題に対する関心と全く同じ次元のテーマであり、最早「見世物商売」や「賭博商売」という「興行」の背景にあった娯楽の欲求心理とは完全に異なったレベルに入ってきているということでしょう。「リゾート」や「観光」の欲求心理も同様に変化しており、自然への畏れと憧れ、遺跡や史跡の価値見なおし、異民族や異文化への関心などは情報のリアルタイム化に伴って強まっており、不景気風吹き荒れる日本で海外旅行者が益々増えていることに如実に現れていると思います。

 盛田英夫氏との「アライ・スキー・リゾート」プロジェクトの仕事を通して私が体験したことの最大の意味は、自然に対する人間の関わりの問題を真剣に考えたことであり、具体的には環境の問題や健康の問題に対するマーケティング上の勉強を通じて、新しい時代の商品開発や市場開発について、それまでとは全く異なった観点から考え始めたことです。結果として、その後の数年間、私はITブームの到来によってマルチメディア・ビジネスにより深く関わることになったのですが、この「アライ・スキー・リゾート」プロジェクトと共にもう一件の重要なプロジェクトはその後のおよそ10年の間に、ITテクノロジーの勉強を絡めながら、私の中で一つの新しいテーマに集約して行くことになります。

 次回は現在の私に繋がる、その「もう一件のプロジェクト」について書きたいと思います。

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