2011/11/01

15(第二部)

 「バーチャル・ペット」という言葉が流行りだした97年頃は、「マルチメディア」という言葉が徐々に古臭い表現に感じられるようになってきた頃でもありました。日本国内のPC市場はアメリカの動きに追随して急激な普及のペースに入り、その最大の原動力は言うまでもなく「インターネット」でした。そして、「マルチメディア」は「IT」に変わり今日に至っていますが、既に2002年の今年にはアメリカの「IT」バブル崩壊という経済情勢を受けて、表現としての「IT」という言葉も陳腐化してきたような気がします。一方「バーチャル・ペット」は、97年当時の「たまごっち」のレベルから大きく様変わりして、リアルなロボット犬「AIBO」の登場によっていよいよ本格的なバーチャル・リアリティのレベルに進化してきました。「癒し」待望の時代と言われる日本の現代社会の一面にどこかで繋がっているのかもしれません。「ポストペット」の発想の原点には、特に「癒し」を意識した考えはありませんでしたが、結果として多くのユーザーの皆さんからの反響の中には「ボストペット」キャラクターたちへの温かな思い入れの様子が述べられていて、そこには本物のペットに対するのと全く変わりない「主人」たちの姿、思いが表れていました。

 さて、こうした「バーチャル・ペット」を考える場合には極めて重要な先端テクノロジーが必要となります。皆さんも良くご存知の「AI=人工知能」の技術です。一口に「AI」といっても、その中身やレベルには大きな幅があり、「思考ルーチン」と言われるプログラムは携帯型ミニゲームや家電のマイコンレベルの制御プログラムにも組み込まれていますが、一種の個性を感じる「キャラクター」を表現するようなプログラムになるとかなり高度なものが必要になります。「ポストペット」の場合も企画、開発の初期段階で、「キャラクター」の設定に関して多くの議論がありました。差出人の分身となる「キャラ」がメールを運ぶ、という設定には、まず最初に大きな二つの形式があります。一つは、差出人の完全な代理としての「キャラ」である場合です。この方法は「キャラ」は差出人が任意に設定する自分自身の完全な「代理」として、差出人自身の意志によって「性格」を制御します。このケースでは「AI」のレベルはそれほど高度ではありません。もう一つは、「キャラ」自身が意志を制御する高度な「AI」を組み込んだケースです。この場合、差出人は好みの「キャラ」を選択できますが、その行動を完全に自分の意志でコントロールすることは出来ません。プロジェクトでは、まずこの「AI」のレベルを巡って様々な議論が展開されました。グラフィカル・インターフェイスを伴った電子メールソフト、という単純な話ではなかったのです。「AI」のレベルによっては、このソフトのプログラムは際限のない巨大なものになってしまいます。時間も労力も、そして技術力も、すべての意味でこの「AI」レベルがソフトの中身を決めるといっても過言ではありません。

 企画の初期段階では、もう一つの大きな課題がありました。OSの問題です。そもそも、「ポストペット」のプロトタイプはMacOS上で作られていました。電子メール・ソフトとしての通信関係のプログラムはMacOSとWindowsOSでは少し考え方が異なります。基本的にはTCP/IPプロトコルによるインターネット上の通信ソフトですが、「ポストペット」はメール本体と「キャラ」ファイルのセットで通信する前提ですので、いわばメールに特殊なプログラム・ファイルを常に添付して送受信する事になります。この特殊な添付ファイルは、データであると共に相手側のアプリケーション上で動作するプログラムを含んでいますが、様々なプロバイダーのメール・サーバーを経由して、正確にOSの互換性を取って相手側に届けるためにはいくつかの課題がありました。単なるテキスト・データのやり取りとはレベルの違うメール・ソフトとしての完成度が必要だったのです。このOSの互換性については、初期のユーザーの方々は特にご記憶だと思いますが、サンプル・プログラムの配付が始まった頃から約1年間はMacOSのみのアプリケーションとして発表されました。そして正式にパッケージとして発売された「ポストペットDX」のバージョンはver.1.11となっています。この1年余りの間、プログラムを担当した幸喜君を中心としたプログラム・チームは連日連夜の徹夜作業と言ってもよい程のハードワークを続けていました。そして、テスト・バージョン・ユーザーの皆さんからも本当に沢山の貴重なデータやアドバイスを頂きました。

 「ポストペット」のアイディアは、こうして具体的な現実のアプリケーションとして完成して行くのですが、私をはじめとして、原作者の八谷さん、真鍋さん、そしてソネットの北村プロデューサーの構想は、単にアプリケーションとしての「ポストペット」の実現だけを考えていたのではありませんでした。先に触れた「AI」の問題と共に、WebSiteとしての「ポストペット」であり、ネット上のバーチャル・テーマパークとしての「ポストペット」ももう一つの大きなテーマであり「夢」だったのです。「ポストペットDX」は、1997年度のマルチメディアグランプリで栄えある「通産大臣賞=グランプリ」を受賞しましたが、この受賞の大きな評価ポイントは、アプリケーションとしての完成度に加えて、連動したWebSiteによる「ネットワーク・コンテンツ」としてのユニークさが注目されたからです。

 次回は、このWebSiteとしての「ポストペット」について、書こうと思います。

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