2011/11/01

6(第二部)

 「アライ・スキーリゾート」プロジェクトと併行して、CBSソニーコミュニケーションズ(現ソニーミュージック・コミュニケーションズ)での大きな仕事は、当時新規に開拓したクライアントであったプラス株式会社とのプロジェクトです。プラス株式会社は、コクヨやオカムラ等と並んでオフィス用品の総合メーカーで、文房具や事務機、デスクなどのオフィス家具を販売するブランドメーカーとしては業界第4位に位置する中堅企業です。この楽歴書のはじめの頃に、私がCBSソニーに入社した当初、キャラクター・マーチャンダイジング会社のソニークリエイティブ・プロダクツに配属され、いわゆる「キャラクター文具」のマーケティングを担当していたことを書きましたが、当時の文具業界でもコクヨ、ライオンなどのオフィス用品のメーカーに比べてプラスは少し毛色の違うユニークな会社でした。「チームデミ」というヒット商品を持ち、各地の文具見本市でも何度か出展側の一社として展示ブースを見る機会がありました。そのプラスとの縁は、図らずも私のEPICソニーでのキャリアにきっかけがありました。EPICソニーは、その成り立ちの背景としてCBSソニーからスピンアウトした新しいレコード会社として独自のカラーとイメージを打ち出していました。その一つの表現として、オフィスのインテリア・デザインや家具の選定などにもCBSソニーとは違うアプローチを目指して、従来の方法とは異なるプレゼンテーション・コンペによる業者選定を行っていました。CBSソニーは創立時からオカムラのデスクや什器を使っていましたが、EPICソニーでは独自にオカムラの他にコクヨ、イトーキ等を加えてコンペを実施していたのです。私は、プラス株式会社との取引のきっかけ作りのために、EPICソニーの新しいオフィス開設の話を聞いて、当時のEPICソニーのトップだった丸山茂雄専務にプラスのコンペへの参加承認をお願いに行ったのです。このコンペの結果はプラスが委員会メンバーからトップの支持を獲得して、僅差の2位だったオカムラと共に主にデザイン性を重視する受付周りやミーティング・コーナー、デスクなどが採用されました。後になって知ったのですが、このコンペはプラスにとってはソニーグループの会社とのほぼ初めての取引ということでたいへんに大きなプロジェクトだったそうです。

 このコンペの頃、つまり1986年当時は日本の高度成長期の最後のピークに向かっていた時代であり、都市開発に伴う高層ビルの着工件数が増え新しいオフィス需要も高まっていて、オフィスインテリアもモダンなデザインを積極的に取り入れ始めていました。プラスには「オフィス環境研究所」が設けられており、コクヨやオカムラにも同様の研究機関があって、アメリカで発達してきたファシリティ・マネジメントというコンセプトを中心として、新しいオフィスのあり方に関する学問的なアプローチも進んできていました。仕事をしやすくする快適なオフィスを目指して、企業イメージのアップや福利厚生としての意味、また合理的で効率的なスペースの使い方という側面も加味されて、現代用語で言えばオフィス用品メーカーにとっては「B to B」ビジネスの新たな展開が図られてきた時代でもあったのです。

 プラスは当時、業界第4位、ないし第5位のメーカーでシェアにして5~6%程度の中堅企業でしたが、紙製品・文房具とオフィス家具を取り扱うオフィス用品総合商社の色合いが強いメーカーでした。最も近い業態の他社はコクヨ、ライオン、内田洋行の3社、オカムラ、イトーキ、はスチール家具メーカーというイメージが強く現在でも文具系は扱っていません。他に、名古屋地区のITO、大阪のナイキ、他に「テプラ」のキングジム、「物置」の稲葉製作所などの競合メーカーがあります。家具に限って言えば、現在も主流のスチールデスクのブランドメーカーは国内に10社余り存在し、その中で自社工場を持ち自社生産を行っているメーカーが6社、プラスは85年当時はまだ生産部門を持たない会社でした。

 そのプラスが新たに群馬県前橋市に壮大な家具の生産拠点を設ける計画を打ち上げ、まず事務用チェアの自主開発と生産を始める事を知りました。この事務用チェア「アメノミクス・シリーズ」の販促用パンフレット制作の仕事がCBSソニーコミュニケーションズにとっての最初の提案だったのです。こちらは東急エージェンシーとのコンペに勝って採用となり、これをきっかけに家具製品開発のメンバーと知り合うようになりました。プラスへの営業活動の傍ら、新しい家具の生産拠点建設プロジェクト「プランランド構想」の内容を尋ね、そこで生産される予定のオフィスシステム家具のコンセプトなども詳しく聞くことが出来ました。「オフィス環境研究所」の研究員の方々、製品開発部門、そして当時家具ビジネスの本部長を勤めておられた副社長の今泉公二氏との出会いに繋がりました。私は単にパンフレット制作の仕事だけでなく、総合的なマーケティング・コンサルタントとして新しいシステム家具の製品開発から販売支援に至るトータルなプランニングに参加させてもらうべく、社内にプロジェクト・チームを編成し本格的な代理店業務の獲得を目指しました。CBSソニーコミュニケーションズにとってはソニーの関連会社以外で初めての大型クライアントとして総合代理店業務を任される存在になろうとしたのです。プラスには既にメディアAEとして電通、セールス・プロモーション担当として東急エージェンシー、さらに旭通信社とPRエージェント2社が取引していました。我々は新規参入であり、また代理店としての実績も乏しく人材も不足していましたが、プロジェクトのメンバーは新しいチャレンジに意欲的に取り組んで、プラスにとって最大規模の大型投資案件に関する製品開発、マーケティング、プロモーションの業務を担当することが出来ました。

 その背景にEPICソニーとの取引があったことは大きな材料でした。プラスにとって、我々は逆の立場で重要な新規クライアントであり、CBSソニーコミュニケーションズが他社を排して「プラスランド」プロジェクトの仕事を獲得できたのは、ビジネス上のバーターが機能していたからです。その意味でも営業的な関係の構築と相互の真剣な仕事への取り組みの姿勢が大切であり、そこに企業同士、人間同士の信頼関係を築く基本があります。私は現在、プラス株式会社の一員として仕事をしています。先に述べた今泉公二氏との10年来のお付き合いの結果として、家具ビジネスの新たな展開のために「プラスランド」の第3次計画のスタートに参加しています。新たな家具製品の工場は2001年12月に完成し、12年前に開発されたオフィスシステム家具の次世代の製品を生み出すべく着々と準備を進めています。時代は12年前とは一変して、日本の企業は大きな構造変革の荒波の中にあり、ビジネス環境も大きく変わりました。OAからITへ、オフィス環境も変化し働き方も変わります。サテライト型オフィスやSOHOなどの新しい仕事場の登場で、仕事のための家具のあり方や使われ方も大きく変化するに違いありません。12年前のプロジェクト以来、私自身はまさにITビジネスの中心的な業界に身を置き、デジタル・ビジネスの最先端で活動していました。その間、私の関わったオフィスシステム家具「リンクス」はプラスの主力商品に育ちましたが、12年余りの時間を経て一つの転機を迎えているようです。そして私は改めて、この12年間の経験を生かして、新たなワーキング・ファニチャーを構想しようと思っています。

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