2011/11/01

25(第一部)

 新しいミッションとして与えられた海外アーティストを使った「事業開発」は、結果としてほとんど具体的な成果を上げることは出来ませんでした。一般企業との接点やメディアとのタイアップも従来からの関係のレベルを越えることはなかなか出来ず、私自身がレコード会社にとっての新たな収益源に育ってゆくような具体的な「事業イメージ」を全く描くことが出来なかったのです。

 一方で洋楽部門は、限りある販売促進予算の中でリスクの高い新人のデビュー費用を捻出することが徐々に難しくなり始めて来ており、部門はその対策として新しい仕掛けを考えていました。それは業界内の利害関係を見渡して、その力関係と一種の政治力バランスを使って、さらに一般企業や広告代理店、メディアをも巻き込んだ大がかりな新人キャンペーンを展開しようという構想です。そしてその仕掛けの推進と実行のために私達の部隊が駆り出されました。

 「ニュー・アーティスト・ショーケース」と名付けられたその新人デビューキャンペーンは、アメリカ、カナダ、イギリス、オーストラリアの新人ロックグループ5組を一気にデビューさせる目的で、5つのバンドを各々1週間づつ連続的に来日させてライブ・コンサートとプロモーション活動を、東京と大阪で、展開しようというものです。この連続コンサートのために協賛スポンサー、媒体、音楽興業事務所、音楽出版会社、そして各国のCBSをも巻き込み、有料のコンサートにすることで一定の収益を上げながら、デビューに当たってのプロモーション活動も同時に行うことで、従来から100%自己負担で進めてきたプロモーション来日の費用を削減し、あわよくば利潤を上げようという企画だったのです。対象となった5組のアーティストは、いずれも各々の自国でデビューしたて、ないしデビューから1年以内といった新人ばかりで日本国内ではほとんど無名のグループばかりでした。当時(現在でも)、そうした海外の新人アーティストの有料コンサートというものは全く常識はずれと考えられており、チケットが売れる見込みはほとんど無しというのが普通の考え方です。

 そこで、この企画が生まれた当時の背景を振り返ってみましょう。日本の音楽界はEPICソニーの誕生の頃から大きく変化していました。「日本のロック」が定着し始め、各地のライブハウスが活性化して続々と新しいグループが登場してきました。レコード会社やプロダクション各社は全国各地のライブハウスをスカウトの場として捉えて専任スタッフを付けて新人の発掘を進めました。各社のオーディションやTVの新人ロックバンド発掘番組も人気を呼んで、いわゆる第3次バンドブームとなったのです。レコード・デビューを目指すロックグループは地元のライブハウスでの活動でファン作りを進めながら、オーディションやイベントへの出演などで評判を上げながらプロへの道を志すのですが、レコード会社やプロダクションのプロデューサーの目に止まるのが先ず第一のステップです。こうしたスタイルは海外では60年代以降当り前の姿でしたが、我が国ではフォークから派生したニューミュージックの時代にすでに同様なスタイルでアーティストの発掘をしていました。60年代半ばの第1次バンドブーム(グループサウンズ)、70年代後半の第2次バンドブーム(フォーク&ニューミュージック)が起こった時にも同じように多数のアマチュアグループが登場しましたが、プロを目指す意欲という点で、第3次ブームのジャパン・ロックの時代はかなり様子が違ってきました。また、そもそも海外生まれのロックについては、聴き手の側も「聴く耳」をもったファンが育ちつつあって、作品やアーティストに対して、高い質=音楽性を求めるようになってきたため全体としての音楽的レベルが大幅に向上してきました。
 こうした国内のアーティスト発掘の動きの中で、海外の新人を売り込む立場の洋楽部門は単に自国での評判やメディアや評論家の評価だけを切り口にしたプロモーションでは一般ユーザーの興味や関心を喚起することが出来なくなってきました。従来、洋楽宣伝の基本的な切り口は、アメリカやイギリスといったロック先進国でその作品やアーティストがどの程度の評判を得ているかということが最も重要な情報となります。ソウル系やクラシック系などは現在でも本国での評判が最大のセールス・コピーとなりますが、ロック系については「ジャパン・ロック」の台頭に伴ってライブ中心の「観る」ロックが支持を集め、演奏の実力も重要なファクターとなってきました。レコードだけに頼る洋楽ロックにとっては厳しいマーケットになってきたのです。
  「ニュー・アーティスト・ショーケース」は、このような国内のロック市場の動きに対応して海外の実力派新人アーティストのライブ・コンサートを企画し、「ジャパン・ロック」の台頭に対抗して本場の若手アーティスト達の実力を見せようと考えたのです。「ショーケース」とはデパートなどの商品陳列用ガラスケースのことですが、コンサート=ショーと掛けた意味の言葉としてアメリカの音楽業界で使われ始めた用語で、新人には限りませんが、ライブによってアーティストの実力をアピールする方法として定着し始めていました。
 この「ショーケース」の形式は、既に人気を獲得しているアーティストの公演=コンサートとは違って、チケット代はタダか、日本流で言う「カンパ」方式か、あるいはライブハウスやクラブのような一律入場料形式のいずれかとされます。どちらにせよ、伝統的な前座バンドのような形式ではなく、観客も始めから無名であることを前提として聴きに来るのですから、自ずと聴衆の評価は厳しいと言われます。
 次回は、私に与えられた「新事業開発」のミッションとこの日本初の海外新人の「ショーケース」の顛末をお話しすることにします。

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